「自分にしかできないこと」をしている人を増やす

木村仁として、やりたいことは何か。

色々な言葉で表現してきたけど、本当に端的に表現しているのはこれだ。

「『自分にしかできないこと』をしている人を増やす」

 

生まれた時は、みんな同じ、“ゼロ”。

そこから両親を見て、先生を見て、友達ができて、色々な経験をして、興味を持ったことや人を掘り下げる。

人はそれぞれが、それぞれにしかない経験を通して、誰でもない特別な個人になる。誰1人として全く同じ経験を経て生きてきた人はいない。あの人が知ってる全てのことを僕は知らないし、僕しか経験してない他の誰も知らない経験は無数にある。

だから、自分にしかできないことがある。

善悪とか価値の多寡は度外視して、「自分にしかできないこと」はあらゆる人に必ずある。

 

それなのに、社会は個人を型にハメようとする。

小さい子に「将来何になりたいの?」と聞くのは、語彙も知識もない子供を既存の職種に押し込む恐ろしい言葉。「何してる時が楽しいの?」って聞いた方が自由度が高くて良い。

義務教育で基礎学力担保のために、自由な発想・欲求を押し込める。

中学を卒業する頃には、ある程度、社会の枠に順応した人間になる。

就職活動して、組織に入って”社会ではこうあるべき”っていう謎のイデオロギーを刷り込まれる。「代わりの効くポジション」という仕事にはめ込ままれて「誰でもいい存在」になる。

やりたくないことに忙殺されて、ストレスが溜まって、ポジティブな活動ができなくなり、個人としての実力や価値が実感できない状態に追い込まれる。

 

これが本当に嫌だ。

 

自分は中学生の時に「実存主義哲学」に出会って思った。個人には個人の価値がある。自分は大衆の中の1人ではなく「個人」として生きてきる、存在している。ということは、それを実感するためにはどうすべきか。それを示すためにはどうすべきか。

「自分にしかできないこと」をやるしかないじゃない。

だから僕は、他の誰もやらない「自分にしかできないこと」を探している。

組織やコネに依らない「自分にしかできないこと」を通して成し遂げたこと、これを評価された時の感動は、他の何を使っても手に入れることはできない。さらにこの感動は自信とモチベーションを与えてくれる。その上、成長のための新たな繋がりへの足がかりにもなる。

僕はこれを自分で体現すると共に、多くの人がこのサイクルに乗れるような環境を作っていきたい。

ここまでの内容をまとめると、以下のようになる。

 

「自分にしかできないこと」をしている人を増やす

 

これが、人生の目標。

 

*2017/03/02放送のテレビ東京の「カンブリア宮殿」で気仙沼ニッティングを見て、改めて思った。東日本大震災の被災地の女性たちが、仕事がなく復興に向けてもどかしい日々を送っていたところに「編み手」という仕事を提供し、個人のスキルを発揮する場所を与える。そこで作られる製品は特定の顧客向けに採寸されている上、1人の「編み手」が一つの製品を編むので、そこには製品の価値を超えた個人の価値が大きく載る。顧客に評価された「編み手」は「自分にしかできない」ものを評価されることで、他の職種では得られない大きな感動と自信を得ることができる。

スゲー良いなと思った。

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