だから、やれば良いと思う。
「あれやりたいんよねー」、「これやりたいんよねー」、「やりたいことねー」って言う前に。
「やりたいことが見つからない」ってのはよく聞く。
そう言う人たちの多くは、「やりたいこと」が向こうから来てくれるような言い方をする。でもそんなことはあり得ない。
「やりたいこと」は、「好きな人」とか「好きな食べ物」と同じ。やって(会って・食べて)見ないとわからない。見た目の魅力、響の良し悪しはあるけど、実際にやって見ないと本当に良いか悪いかはわからない。
やってみなくても「やりたいこと」が見つかる人はいる。その人は自分が経験したことの中から「やりたいこと」を選択できたラッキーな人。こんなに多くのことが便利になってる世の中で自分を奮い立たせるのは至難だ。
もし、自分の経験から「やりたいこと」が見つかってないなら、もう手当たり次第やるしかない。
失敗して、成功して、成果を出して、評価された後で自分がやりたいのか否かを、一つずつ判断する。未だ見ぬ自分の「やりたいこと」は自分から会いに行かないと絶対に出会えない。
もちろん、会いに行くにはそれなりのパワーと覚悟が要る。
・周囲の人からの誘いは億劫がらずに行く
・初見の人とも無理して話す
・場合によっては、自分の積み上げたものを捨ててシフトチェンジする
やったら全部上手くいくなんてことはあり得ないけど、やることには大きな意味がある。
少なくとも、それが自分の「やりたいこと」かどうかが知れるという意味がある。
「やりたいこと」が見つかってからも「やってみる」ってのは大事。
やった分だけ失敗が有って、失敗の数分の学びがある。失敗すればするほどその後の「やってみる」の価値と精度が高まる。
・仕事だったら値段が上がる。
・サービス/製品だったら顧客満足度が高まる。
・個人としては「できること」が増える。
失敗には「恥ずかしい」を超える大きな利益がある。ケツを拭けば、その分の経験と成長がある。
もう、やらない意味がわからないぜ。
ハッタリ使ってでも何でもやってやろう。